
アマチュアの音楽団体は、いつも練習場の確保に頭を悩ませる(プロであっても、例外ではないかもしれないが)。テレビ番組のなかで福井ソアーベ児童合唱団が使っていたフロアは、かつての実家の近所であり、何度も買い物に訪れたことのあるショッピングセンターの一室らしかった。ぼくのおぼろげな記憶では、はじめてソアーベの歌声を聴いた俄作りのステージは、そこの駐車場をぶち抜いて設えられたものだったはずだ。
指揮者を務め、子供たちの指導をするのは、坪口純朗(すみお)さんである。テレビ画面に登場した彼はすでに80歳を迎え、以前にぴょこりとお辞儀していたときにはなかった豊かな白い髭をたくわえており、まるで仙人のような風貌に変じていた。それだけではなく、末期がんに冒された体を車椅子にのせた痛々しい姿でもあった。
しかし子供たちの前に出ると、病気とは思えないほど腕が高く上がり、声にも力がこもるようだった。奥さんの晴美さんのピアノ伴奏にあわせ、澄んだ歌声が流れる。ウィーン少年合唱団のような天使の歌声ではなく、純粋無垢な、しかしどこか人間くささのただよう、あえていえば福井人らしいぬくもりのこもった声だという気がした。
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子供たちの歌声にいちばん癒やされていたのは、坪口さん本人だったのかもしれない。ソアーベというのはイタリア語で“ここちよい”というような意味だそうだが、彼にとってまさにソアーベな居場所だったはずだ。何せ30年ものあいだ、次から次へと入団してくる幼い命から歌を引き出し、皆で力を合わせて音楽を作り上げる喜びを植えつけてきたのだから。
30年の区切りの演奏会を目前に、坪口さんは力尽きた。葬儀には、かつての合唱団員をはじめ大勢の人が参列し、焼香の列が斎場に入りきらないほどであったという。
ぼくの同級生だった女の子も、そこに加わっていただろうか。もちろん今は女の子ではなく、おそらくは子持ちのオバサンになっているだろうけれども、幼いころに教わった歌の心は、そう簡単に消えるものではない。願わくば、そうやってソアーベな世界が広がっていくことを、坪口さんは祈っていたのではなかろうか。
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最大の大黒柱を失った合唱団は、奥さんの伴奏のみで指揮者なしの30周年記念公演を終え、解散した。
だが、このままでは終われない。いくら出生率が低下したといえども、世の中には次々と新しい子供たちが生を受けて誕生してくる。そんな幼い命に、歌を通じてここちよさを伝えていけたらいい。何もかもが数字で採点され、優劣がつけられ、低学年のときからすでに受験戦争へ向けての準備がはじまろうとしているこの時代だからこそ・・・。
坪口晴美さんは、子供のコーラスグループを新たに立ち上げ、つい先日、はじめてのコンサートが開かれたという。福井の子供たちの歌声がこれからも途絶えることなくつづくであろうことを、ぼくも楽しみにしている。
(了)
(画像は記事と関係ありません)
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